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東京地方裁判所 平成9年(ワ)27866号 判決 1999年3月29日

原告

山中修

右訴訟代理人弁護士

高橋紀勝

土井隆

被告

株式会社鶏鳴新聞社

右代表者代表取締役

岡徳友

右訴訟代理人弁護士

服部昌明

池田和郎

柏田芳徳

岡野将太郎

右訴訟復代理人弁護士

吉田幸宗

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二三九二万一〇七五円及びこれに対する平成一〇年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告の取締役であった原告が、在任当時被告の従業員を兼務していたから従業員退職金を取得したとし、また、原告と被告代表者は、被告が原告に対し、原告の退任時に、その時点において算定した被告代表者の退職慰労金相当額の九割を支払う旨合意していたと主張して、被告が株主総会決議に基づいて原告に支給した退職慰労金額との差額の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  被告は、鶏鳴新聞の発行及び養鶏関係図書印刷物の出版等を目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和四二年三月、被告会社に入社した後継続して勤務し、平成二年五月二九日に取締役に就任したが、入社以来退社した平成八年六月まで営業を担当してきた。

3  被告の代表取締役岡徳友(以下「被告代表者」という)は、昭和三六年に被告に入社し、同四四年に取締役に就任し、同五〇年に代表取締役となった。

また、被告の取締役で編集長である清水敏雄(以下「清水」という)は昭和四四年に被告に入社し、平成四年に取締役に、同六年に編集長にそれぞれ就任した。

4  清水が入社した後、被告の経営全般を被告代表者、営業を原告、編集を清水がそれぞれ担当し、三者の協力により被告の運営がされてきた。

5  原告が被告に入社した当時の資本金は二〇〇万円、従業員は常勤の役員を含め六名であったが、平成九年時の資本金は一〇〇〇万円、従業員は同じく常勤の役員を含め六名であった。

被告の経営は、原告入社一年後の昭和四三年三月期で総売上高一一二〇万円、当期純利益一八万円であったのが、平成五年三月期の総売上高一億五二一二万円、当期純利益九四六万円というように大きく発展した。

6  昭和六二年四月、NTTの総裁室に勤務していた諸岡映生(以下「諸岡」という)が被告代表者の秘書として被告に入社したが、平成七年二月ごろ被告の社員旅行の実施方法につき、原告と諸岡との間でいさかいとなり、原告が諸岡の頭部を拳骨で殴打し、諸岡は診断書をとった。

7  被告代表者は、同年五月に開催された取締役会において原告が諸岡を殴打した件を報告したところ、同取締役会では、原告と諸岡との件については、当時の被告の奥田監査役に解決を委ねることとされたが、奥田監査役は同年九月病気により死亡した。

8  平成八年五月一四日に開催された取締役において、被告代表者は、奥田監査役が死亡前に、部下を殴打した原告は任期満了に伴い再任しないこととすべきである旨裁定していたと報告し、同取締役会において、原告を取締役の任期満了後に再任しないことを前提として、株主総会に上程すべき次期取締役候補者推薦の件及び役員退職慰労金規定制定の件の原案が決議され、同年六月二七日に開催された被告の定時株主総会において、原告は取締役に再任されず、かつ新たに被告の役員退職慰労金支給規定が制定され(以下「本件慰労金規定」という)、原告に対し、同規定に基づき退職慰労金を支給する旨の決議がされた(以下「本件支給決議」という)。

9  被告は、平成九年一月三〇日、原告に対し、本件支給決議に基づき、本件慰労金規定による退職慰労金(税引後)七〇六万一四二五円を供託し、原告は同年三月一九日右供託金を受領した。

三  争点

1  原告は取締役退任時において従業員を兼務していたか。

2  原告と被告代表者間で、原告の退職時に、被告が原告に対し、その時点において算定した被告代表者に対する退職慰労金相当額の九割を従業員退職金又は退職慰労金として支払う旨合意した事実の存否

3  原告は、原告に対する不相当な退職慰労金支給額を定めた本件支給決議が無効であるとして、相当額の退職慰労金の支払を請求することができるか。

四  争点に関する当事者双方の主張

1  原告

(一) 被告代表者は、平成二年五月二九日ころ、原告と取締役任用契約を締結するに際し、被告が原告に対し毎月被告代表者に対する報酬額の九割の定例報酬額を支払う旨明示の合意をし、かつ、原告の退任時には、被告が原告に対し、従業員退職手当金を含む退職慰労金として、その時点において算定した被告代表者の取締役退職慰労金相当額の九割を支給する旨の黙示の合意をした(以下「本件黙示の合意」という)。

原告が被告の取締役を退任し、かつ従業員としての営業部長を退職した平成八年六月二七日時点における本件慰労金規定に基づく被告代表者の退職慰労金相当額は、三四四二万五〇〇〇円で、その九割は三〇九八万二五〇〇円であるから、被告が原告に支払った七〇六万一四二五円を控除した残額は二三九二万一〇七五円である。

(二) 仮に原告が従業員を兼務していなかったとしても、被告代表者は、本件黙示の合意に基づき、原告の退任時に、その時点において算定した被告代表者の取締役退職慰労金相当額の九割を原告に対して支給する内容の取締役退職慰労金支給議案を被告の取締役会及び株主総会に付議すべき善管注意義務を負っていたにもかかわらず、悪意又は重大な過失によりこれを怠り、著しく金額が不相当な原告に対する退職慰労金支給議案を被告取締役会及び株主総会に付議したため、原告は本件黙示の合意に基づき支給を受けるべき退職慰労金額三〇九八万二五〇〇円と、本件支給決議に基づき被告が原告に支払った七〇六万一四二五円との差額二三九二万一〇七五円の損害を被ったもので、被告代表者は、商法二六六条の三に基づき、原告の右損害を賠償する義務を負い、被告は、民法四四条一項に基づき、被告代表者が原告に加えた右損害を賠償する義務を負う。

(三) 仮に、原告が取締役退任時において従業員を兼務しておらず、また、本件黙示の合意の成立が認められないとしても、本件支給決議の定めた原告に対する退職慰労金額は、入社後二九年間にわたる原告の寄与により被告の経営が大きく発展した功績、原告の被告における職務及び被告の支払能力等からして著しく不相当で不合理であり、本件支給決議は無効である。この場合、裁判所は、取締役任用契約の有償性から、当該取締役の職務、業績および会社の支払能力等を総合的に斟酌して相当額の慰労金の支払を命じるとができるが、本件における相当額は、平成八年五月二七日時点において算定した被告代表者に対する退職慰労金相当額の九割の三〇九八万二五〇〇円が相当であり、被告が原告に支払った七〇六万一四二五円を控除した残額は二三九二万一〇七五円である。

2  被告

(一) 原告は、平成二年五月二九日開催の被告の定時株主総会において取締役に選任されたことに伴い被告の従業員たる地位を喪失し、その時点で従業員としての退職金(取締役就任時の原告の基本給月額二八万五〇〇〇円×支給率二八=七九八万円)に特別加算金を加えた一〇〇〇万円を受領し、その後専任取締役として任務を遂行してきたものであり、取締役退任に伴う従業員としての退職金請求権は有しない。

また、被告代表者が、原告との間で本件黙示の合意をした事実はない。

(二) 被告代表者が、原告との間で本件黙示の合意をした事実はなく、原告に対する退職慰労金の支給につき、被告代表者の任務懈怠はない。

(三) 原告は、被告の株主総会において決議された本件退職慰労金規定に基づく退職慰労金請求権を取得し、被告は右決議による退職慰労金額を供託したが、それ以外に、原告が株主総会の決議なしに取締役の退職慰労金請求権を取得することはできない(商法二六九条)。

第三争点に対する判断

一  証拠によれば、以下の各事実が認められる。

1  昭和五四年四月一日から適用された被告の「職員退職手当規程」(以下「被告退職手当規程」という)の一四条では、従業員から取締役及び監査役に就任したときは、従業員としての退職金を、就任した時点の計算により支払う旨の規定が置かれている(書証略)。

2  原告は、平成二年五月に取締役に就任した際に、被告代表者との間で、原告に支払われる退職金額について話合いを行い、平成三年三月ころ被告退職手当規程に基づく金額に約二〇〇万円を加えた一〇〇〇万円の支払を受けることとされたが(証拠略)、一〇〇〇万円のうち、中小企業退職金共済事業団から支払われる退職金については、原告自身が手続を行って支給を受けた(証拠略)。

被告は、中小企業退職金共済事業団に対する掛金の払込みを前払いで行っており、原告の取締役就任時点でその後の期間分についても一部掛金を支払済みであり、退職次期により支給される金額も異なるため、原告は、掛金の支払済み期間の満了時において退職したものとして手続を行った(証拠略)。

3  被告代表者が、昭和四四年に取締役に就任した際には、当時の退職金規程に基づき約二〇〇万円の従業員退職金の支払を受けた(証拠略)。

4  原告は、被告代表者が代表取締役に就任したころから、被告代表者に要望して被告代表者の報酬額の九割相当の賃金の支払を受けていた(証拠略)。

原告は取締役就任後も被告代表者の報酬額の九割相当を基準として報酬の支給を受けており(証拠略)、原告の取締役退任時における支給額は月額一七七万四二〇〇円、平成二年六月から同八年六月までの約六年一月の取締役在任中の支給額は、月額一七〇万円から一九三万五〇〇〇円で、合計約一億三五〇〇円である(弁論の全趣旨)。

5  原告は、取締役就任前から、被告の経営全般、人事及び給与について被告代表者と話合いをして決定する地位を有しており、被告代表者から業務に関する指示を受けていたことはなく、原告自身も、被告代表者との共同経営者であるとの認識を有しており、出張等に際してはグリーン車の利用が許されていたが、被告においてそのような利用が認められているのは他に被告代表者のみであった(証拠略)。

6  原告は、取締役就任後、「専務取締役」の肩書の名刺(書証略)を使用していたが、営業部長の肩書も使用していた(証拠略)。被告には営業部という組織はない(証拠略)。

7  原告の取締役就任後も、被告は、原告につき月々の雇用保険料を原告の報酬から差し引いて納付していたが、原告の退職後、被告において、被告が原告の報酬から誤って控除して納付したことを理由として還付手続を行い、還付がされた(書証略)。

8  被告の設立以後、平成八年六月二七日の被告の株主総会において本件慰労金規定が制定されるまでの間、退任取締役に対する慰労金支給基準は被告に存在せず、また、現に取締役を退任した者に対し、退職慰労金が支払われたこともなかった(証拠略)。

9  平成八年八月二七日に開催された被告の取締役会において、本件慰労金規定に基づく原告に対する退職慰労金支払いの件が議案とされ、退職慰労金五八八万五六二五円、功労金一四〇万円の支給が承認された(証拠略)。

10  被告には、不動産等の固定資産はないが、平成八年三月期において約二〇年間積み立てた別途積立金一億二六〇〇万円を有している(証拠略)。

二  以上認定した事実に基づき争点につき判断する。

1  従業員兼務について

前記認定のとおり、<1>被告の退職手当規定上、取締役就任時には従業員としては退職することを前提とする退職金支給規定が置かれていること、<2>原告自身も取締役就任に際し、右被告退職手当規程に基づく退職金名目の金員の支払を受けていること、<3>原告は中小企業退職金事業団に対し、被告を退職したとして退職金受給の手続を行っていること、<4>原告は、取締役就任後、被告代表者の指揮命令を受けず、自ら経営判断を行い、実質的にも被告の経営の中心的な役割を果たしていたと認められること等の事実を総合すれば、原告は、取締役就任時に従業員としては退職したもので、被告代表者との間で使用従属関係にはなく、従業員を兼務しない取締役であったというべきである。

これに対し、原告が、取締役就任後も、雇用保険料を控除されて納付したこと、諸手当の支給がされたこともあること(書証略)及び営業部長の肩書を使用していたこと等の事実も認められるが、雇用保険料を控除して支払ったことについては、被告が誤納付であったと申し立て、訂正が認められていること、手当が支給されたことについては、原告に対する報酬の支払は、支給額を被告代表者に対する支給額の九割とすることが基準とされており、手当の支払明細については実質的な意味のあるものではないと認められること(証拠略)及び営業部長の肩書の使用についても、被告の組織上、営業部という組織は存在しないこと等の事実に照らし、各事実から原告が従業員を兼務していたことを認めるには足りず、他に、本件記録上、原告が被告の従業員を兼務していた事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、当初、請求原因として、入社時から退職した平成八年六月まで継続して従業員の地位にあったから被告退職手当規程に基づいて算出した従業員退職金を有する旨主張していたが、右のとおり、原告の取締役就任後の従業員の地位は認められず、取締役就任時に従業員退職金は支払済みであるから、従業員退職金残金は存在しない。

2  本件黙示の合意の存否

原告は、被告代表者が、平成二年五月ころ、原告との間で、本件黙示の合意をした旨主張するが、前記認定のとおり、平成八年六月二七日の被告の株主総会において本件慰労金規定が制定されるまでは、被告に取締役に対する慰労金支給基準は存在せず、また、現に取締役を退任した者に対し、退職慰労金が支払われたことはなかったのであり、被告代表者が、自己の退職時に退職慰労金が支払われることを想定して、原告が取締役に就任した当時、原告の退職時点で、その時点における自己の退職慰労金相当額の九割を支払うとの合意をしたとは認められず、また、原告自身、取締役就任時に被告代表者との間で退職慰労金に関する話をしたことはなく、また当時考えたこともなかった旨述べているところであり(証拠略)、本件記録上、本件黙示の合意の存在を認めるに足りる証拠はない。

3  原告の相当額の退職慰労金請求権の存否

原告は、株主総会のした本件支給決議に基づく原告に対する退職慰労金額は不相当であるから、本件支給決議は無効であり、この場合、裁判所は、原告に対する相当額の退職慰労金額の支払を命ずることができる旨主張するが、株主総会決議をもって定めた取締役に対する報酬支給額が不相当で無効であるとして相当額の支払を命ずるような法律上の根拠は存在せず、原告の主張を採用することはできない。

三  以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がなく、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢尾和子)

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